亡くなった親友の墓前での誓い
今日はオーストラリアに住んでいる友達が帰国していたので、約1年ぶりに他の友達と合わせて3人で遊んだ。
俺が執筆している連載小説『セネクトメア』にも登場している人達で、2年前に亡くなった親友の貴ちゃんとも共通の友達なので、みんなと一緒に貴ちゃんのお墓参りにも行った。
相変わらず亡くなった実感がなくて、お墓に刻まれた名前を見ても、もしかしたらどこかで生きてるんじゃないかと思う自分もいる。
そんな世界や未来も、どこかにあるかもしれない。
頭では分かってるんだけど、なぜか実感がわかなくて、でもそれでいいとも思う。
凄くもったいないと思うし、悔しい気持ちも大きいけど、今更どうこうできることでもない。
俺たちにできることは、貴ちゃんのことを忘れないで、心の中や記憶の中で生かし続けること。
そして同じ道を辿る人が増えないように、小さくてもやるべきことをやって、後悔を学びとして生かすこと。
与えられた命は、絶対に無駄にしちゃいけない。
自分がどう生きるべきか、周りの人たちとどんな時間を共に過ごしていくか、改めて色々考えさせられた。
友達は大切な財産
平日の昼間は企業で働きながら、空き時間でフリーランスとしての活動や制作を進めていると、どうしても時間の余裕がなくて、やるべきことに追われる毎日が続く。
それは自分で選んだ道だからいいんだけど、あんまり煮詰まり過ぎて仕事のことばかり考えてると、どこかピリピリしてしまい、本当に大切なものを見失いがち。
久しぶりに仕事のことをほとんど忘れて友達と遊んで、そう思った。
俺は夢を追ったり何かに挑戦する青春がしたいと思っていて、実際にそうしているけど、友達と楽しい時間を過ごすことも、良い青春になる。
どっちかに偏り過ぎると良くなくて、自分なりのほど良いバランスを取れるといい。
フリーランス的な視点では、割と無駄な時間に思えたとしても、くだらないバカ話をしたり、適当な会話で盛り上がる時間も凄く大切。
純粋に「楽しい」「面白い」と思える時間は、お金じゃ買えない大切な思い出になるから。
心も体も、時には思いっきりリフレッシュする時間が必要で、そんなキッカケを与えてくれる友達には本当に感謝してる。
多くの出会いは長くは続かないけど、15年もの長い付き合いになった友達は、とても大切な財産だよ。
シンプルに楽しい青春とは
ドラマのウォーターボーイズを観て青春の素晴らしさに目覚めて、もう13年も経ったけど、俺が最初に目指した青春は、こういうシンプルな青春だった。
大切な仲間たちと楽しい時間を過ごしたり、本音をぶつけあって語り合い、絆を深めながら思い出を増やしていく感じ。
でも最近は、こういうシンプルな青春を忘れていたし、目指してもいなかった。
それは青春クリエイターとして、意外と大きな欠落だったかも。
でもだからと言って、不特定多数の人たちと出会いたいとも思わないし、ただ楽しくはしゃぐだけの時間や場所なら、色んな人たちが作り出してる。
口だけ達者な奴らは嫌いだし、ネットワークビジネス目的の人とは関わりたくないし、自分も含めて人が集まるのは難しいことも分かってる。
それでも、青春したいと思う気持ちはずっと持ち続けてる。
青春をビジネス展開ではなく、完全なプライベートで実現するのも凄く楽しいよね。
意外と遊びから生まれる大切なものも多いから、収益性などを度外視して、青春するアイディアを考えるのもいいかも☆
もちろん、難しいこともあるだろうけど、試しに色々考えてみようかな。
もしかしたら、もの凄く良いアイディアが思いつくかも。
また新しい青春が始まるといいな☆