出かけたい楽しい場所がない
お金がないとか、夢が叶うかどうかというレベルではなく、少しずつ人生が終わりかけてる気がしてきたw
その理由は「もし旅行に出かけるとしたら?」と考えて、色んな場所の情報をひと通り調べてみたら、全然行きたい場所がなかったから。
住んでみたい場所はいくつかあるけど、遊びに行きたい場所は全部金魚関係だった。
でも遠くの金魚屋や水族館に行くだけじゃなくて、どうせなら他の楽しい場所にも行ってみたいよね。
でもいくら探しても全然見つからなかった。
それは今まで色んな場所に遊びに行ったからじゃなくて、単純に興味がないんだよね。
やっぱり俺は、楽しいことを受け取るよりも、提供する方が断然好きみたい。
それとも、こういう考えは現代人に多いのかな?
大切な人が喜んでくれるなら出かける
小さな子どもでもいれば、子どものために旅行に行ったり、遠くに遊びに出かけるのもいいね。
はしゃいでる子どもの姿を見るのが楽しくて、自分も嬉しい気持ちになれるから。
子どもじゃなくても、彼女や奥さんがお出かけ好きなら、同じ理由で楽しいかも。
自分にとって大切な人が喜んでくれると、それだけで出かける意味がある。
でも個人的には、積極的に旅行などに出かける気持ちにはなれない。
そもそも行きたい場所もないし、わざわざ食べに行きたい物もない。
そこにコストと労力をかける気になれない。
実際に行ってみれば、何か楽しいことが見つかるかもしれないし、行くからには前向きに楽しむけど、行く前から消極的になってしまう。
これだけ情報が溢れてる時代で楽しい場所が見つからないなんて、自分でもビックリ。
出かけないのもつまらない
出かけたくないと言っても、ずっと家や近場にいるのが好きなわけでもない。
引きこもりはつまらないし、近場も行き慣れててつまらない。
食にも興味ないから、毎日カレーや納豆ご飯でも全然構わない。お菓子は必要だけどねw
でも金魚屋に出かけたり、家でコンテンツ制作したり、読書や動画を見たりするだけの生活も、それはそれで味気ない。
生きてる感や充実感、疾走感がないから。
金魚だって、自分が把握できる数には限界があるから、ある程度以上は増やせない。
そんなことを色々考えてたら「人生終わりかけてる」と思ってしまったよー!
合わないこととくすぶる現実
かといって、結婚して家族生活に充実感を求めるのも、個人的には合わないと思ってる。
そういう人たちは沢山いるし、それを幸せだと思えるならいいんだけど、経験上自分の場合は合わない。
きっと自分にとって一番いいのは、やりたいことや好きなことをやって、それがうまくいくことなんだろうね。
だからこうして夢を追いかけたりして、青春しようとしてるけど、うまくいかないからくすぶってる。
しかも今は貧乏すぎるから、普通に就職しようとも思っていて、後退してる感が大きい。
そうしなきゃ生きていけないし何もできないから、しょうがないのかもしれないけど、どっちにしろ人生終わった感がある。
青春は若者しかできない?
この気持ちは「青春イコール若者」というイメージが作られる原因かも。
感情的にも能力的にも、エネルギーがみなぎっていてパフォーマンスの高い若者だからこそ、青春を謳歌できるのかも。
若者は、未来の可能性や希望も大きいからね。
36歳の俺は、こんな風に年齢のせいにする時点で、気持ちが負けて老いてる。
でももう本当に、この先何を楽しみにして生きていくか分からなくなった!
多分、自分の中で色々諦めちゃってるんだろうね。
「こうなったら最高!」っていう理想はちゃんとあるんだけど「それは無理」って思って希望を閉ざしてる。
でも36歳で人生捨てるのも早すぎる。
こんな風に現実に迷い悩んで抗うのも青春かもしれないけど、今は自殺した親友の気持ちも少しは分かる。
希望と可能性がないと、生きたいと思えないから。