本当に大切なものが何か、
本当はいらないものは何か、
その判断は、難しい時がある。

誰かを悲しませたくない。傷つけたくない。
喜ばせたいし幸せにしたい。
救いたいし、守りたい。

そんな思いやりや優しさは、
青春するキッカケになる。

でもやっかいなのは、
本物の優しさと偽物の優しさは、
区別がとても難しいこと。

優しさを与える側と受け取る側、
双方が本物だと思っていても、
実は偽物の場合もあるし、
結果的に偽物になる場合もある。

誰も気づかない。
表面上や気持ちは、本物の優しさだから。

少し意味が分からないかもしれないけど、
実際、そういう時はあるし、
偽物の優しさを振りまいてる人もいる。

 

例えば、過去の何かしらの経験により、
凄い傷ついた人がいたとする。

その人に、
前向きに希望を持って生きて欲しくて、
相談に乗ったり励ましたりする。

ここまでは、本物の優しさ。

でもその後、相手が自分に惚れてしまい、
自分が受け入れられなかったら?

結果的に、相手を傷つけて、
苦しめることになってしまう。

そんな思いをさせるくらいなら、
最初から関わらない方が、
相手の為だったかもしれない。

 

こんな風に、
結果的に偽物の優しさになる場合がある。

でもそのほとんどは、
後になってみないと分からない結果論。

善意が悪意と勘違いされる、悲しい結末。

予測はできても、確信はできないから、
後になってみないと、正解は分からない。

でもだからと言って、他人を遠ざけたり、
優しさや思いやりある行動や言葉を、
なくしてはいけないと思う。

本物はもちろん、偽物でさえも、
優しさは必要だから。

 

だって優しさのない世界なんて、
寂しいし、青春できないから。

だからあなたがもし、
優しさや思いやりに対して、
無意味とかやめようとか思っているなら、
その考えは消して欲しい。

全部正解になることは、
何をしていたって難しいから。

例え結果的に、
誰かを傷つけてしまったとしても、
本物の優しさを与えるつもりだったなら、
その言葉や行動は、正解にしていい。

誰かに優しさや思いやりを与えることは、
やめちゃいけないことだし、
世界をより良く変えていく為に、
必要なことだから。

 

今日も、優しさと思いやりをありがとう。

明日からも、よろしくね。